地域の畑で始まる笑顔の交流:農作業を取り入れたメンタルサポート活動の事例
はじめに
地域における人々のつながりが希薄になり、心の健康が保ちにくくなっている状況が見られます。特に、外出の機会が減ったり、気軽に話せる相手がいなかったりする中で、何となく気分が晴れない、といった声も聞かれます。
メンタルヘルスに関する支援は、専門的な知識や特別な場所が必要だと考えられがちですが、必ずしもそうではありません。地域にある身近な資源や活動を通じて、人々が自然と集まり、語り合い、心が軽くなるような場を作ることも大切なメンタルサポートの一つです。
この記事では、地域にある「畑」を活用し、農作業を通じて住民同士の交流と心のケアを目指している取り組みの事例をご紹介します。特別なスキルや専門知識がなくても始められる、地域ならではの活動のヒントになれば幸いです。
活動が生まれた背景と地域のニーズ
この活動は、ある町の地域住民グループによって始められました。活動開始前、グループのメンバーは、地域住民から「家に閉じこもりがちで、外に出る機会が減った」「近所でも顔を合わせる機会が少なくなり、話し相手がいない」といった悩みを耳にすることが増えていました。
また、その町には利用されていない市民農園の一角や、貸し出されている小さな畑がいくつかありました。畑仕事は体を動かし、自然の中で過ごすことができるため、気分転換になるのではないか、共同で作業することで自然な会話が生まれるのではないか、と考えたのが活動のきっかけです。
専門的なカウンセリングや医療とは異なりますが、「なんとなく元気が出ない」「誰かと話をしたい」と感じている地域住民にとって、気軽に立ち寄れて、少しでも心が軽くなるような居場所が必要とされている、という地域のニーズに応えたいという思いがありました。
具体的な活動内容:畑での「交流・リフレッシュタイム」
この活動は、「地域の畑 de リフレッシュ」という名前で、週に一度、午前中の数時間、地域の市民農園の一角を借りて行われています。
参加者は地域の住民であれば誰でも自由に参加できます。事前の申し込みは不要で、畑に直接来てもらっています。主に、日中の時間を過ごすことが多い高齢者や、子育てが一段落した世代の方々が参加されていますが、年齢や性別に関係なく様々な方が集まっています。
活動内容は、主に季節の野菜や花の種まき、苗植え、水やり、草取り、そして収穫です。農作業の経験がない方でも大丈夫なように、難しい作業はなく、できる範囲で参加してもらっています。活動の中心メンバーが簡単な作業の説明を行い、参加者同士で教え合ったり、手伝い合ったりしながら進めます。
作業の合間には、休憩時間を長めにとり、お茶を飲みながら自由におしゃべりする時間を大切にしています。畑で採れた野菜をみんなで分け合ったり、簡単な調理をして一緒に試食することもあります。
この活動での一番の目的は、立派な野菜を作る技術を習得することではなく、「みんなで一緒に体を動かし、土に触れ、おしゃべりを楽しむこと」です。参加者の体力やペースに合わせて無理なく参加できるよう配慮し、作業中でもいつでも休憩したり、他の人と話したりできるような雰囲気づくりを心がけています。必要な道具(軍手、簡単なクワなど)は用意しており、手ぶらで参加できるようにしています。参加費は、畑の利用料や種・苗代などの実費をみんなで少しずつ出し合うか、活動資金で賄っています(この事例では、最初はメンバーの持ち出しや小さな助成金で賄っていました)。
活動を通じて得られた成果と効果
この「地域の畑 de リフレッシュ」の活動を通じて、様々な良い変化が見られました。
まず、参加者の方々からは「ここに毎週来るのが楽しみになった」「畑でみんなと話していると、悩みも少し忘れられる」「体を動かすと夜よく眠れるようになった」「自分で育てた野菜を食べるのは格別」といった声が聞かれています。
活動を始めた当初は、あまり人と話そうとしなかった参加者が、数週間後には他の参加者やスタッフと笑顔で話すようになったり、自宅でも簡単な家庭菜園を始めてみたりするなど、目に見える変化も見られました。定期的に外に出て体を動かすことで、身体的な健康にも良い影響が出ているようです。
また、畑での活動は、地域住民同士の新たな交流の場となっています。世代を超えた交流が生まれ、地域の情報交換の場にもなっています。畑の場所を知って、通りすがりの近所の方が声をかけてくれたり、参加者以外の方が畑の様子を見に来てくれたりすることもあり、活動が地域の小さな賑わいにもつながっています。
直面した課題と乗り越え方
活動を進める上で、いくつかの課題にも直面しましたが、一つずつ工夫して乗り越えてきました。
課題1:参加者の募集 活動を始めた当初は、どのように参加者を募るか迷いました。地域の回覧板や掲示板にチラシを貼ったり、近所の広報誌に載せてもらったりしましたが、それだけでは情報が届きにくい方もいました。 乗り越え方: 口コミの力を活用しました。活動に参加してくれた方に「知り合いで興味がありそうな人がいたら声をかけてみてください」とお願いしたり、地域の民生委員さんや社会福祉協議会の方に活動を紹介し、地域住民に伝えてもらうよう協力をお願いしました。また、地域のイベントに出展して活動の紹介を行いました。
課題2:農作業の知識不足 活動メンバーの中に本格的な農作業の経験者がいなかったため、どのような野菜を育てたら良いか、いつ何をすれば良いかなどが分かりませんでした。 乗り越え方: 地域の農協に相談に行き、初心者でも育てやすい野菜の種類や簡単な栽培方法についてアドバイスをもらいました。また、地域に昔から畑を耕している方がいたので、活動の趣旨を説明し、時々様子を見に来て指導してもらうボランティアをお願いしました。簡単な年間作業カレンダーを作成し、それに沿って進めるようにしました。
課題3:天候への対応 雨の日や猛暑日、強風の日など、天候によっては畑仕事ができないことがあります。 乗り越え方: 雨天の日の代替活動として、近くの公民館や集会所で、採れた野菜を使った簡単な料理教室や、健康に関する勉強会、手芸や工作などの交流会を開催するようにしました。猛暑日は作業時間を短縮したり、涼しい時間帯に移動したり、休憩をこまめにとるなどの工夫をしました。
課題4:資金の確保 畑の利用料、種や苗代、肥料代、道具の修繕費、交流会のお茶代など、活動を続けるには資金が必要です。大きな活動ではないため、大々的な寄付集めや助成金申請はハードルが高く感じました。 乗り越え方: まずは活動メンバーで少しずつお金を出し合ったり、個人的なつながりを通じて少額の寄付を募ったりして、本当に必要な最低限の費用で活動を開始しました。ある程度の活動実績ができてから、地域のNPO支援センターに相談に行き、小規模な地域活動向けの助成金情報をもらい、申請に挑戦しました。また、収穫した野菜の一部を地域の直売所で販売させてもらい、活動資金に充てることも始めました。
課題5:行政や他団体との連携 活動の場所探しや広報、参加者の紹介など、行政や地域の他の団体とどのように連携すれば良いか最初は分かりませんでした。 乗り越え方: まずは地域の社会福祉協議会に活動の相談に行きました。そこで地域の福祉課題や他の住民活動について教えてもらい、連携できそうな団体を紹介してもらいました。また、町の農政課や公園管理課に、市民農園の利用や空き地の活用について相談に行きました。すぐに大きな連携はできなくても、活動を知ってもらい、いざという時に相談できる関係作りから始めました。
活動を継続・発展させるためのヒントと展望
この事例から、地域でメンタルサポートにつながる活動を始めるためのいくつかのヒントが得られます。
- 地域にある身近な資源を活用する: 特殊な場所や設備がなくても、公民館、集会所、公園、河川敷、そして今回の事例のように畑など、地域には様々な資源があります。それらをどのように活用できるか考えてみましょう。
- 完璧を目指さず、小さく始める: 最初から多くの参加者を集めたり、大きな成果を出そうと気負う必要はありません。数人からでも、週に1回数時間だけでも、無理のない範囲で活動を始めてみることが大切です。
- 参加者の「やってみたい」を聞く: 活動内容を一方的に決めるのではなく、参加者が「こんなことをしてみたい」「こんな場所に興味がある」といった声に耳を傾け、活動に反映させていくことで、参加者の主体性や満足度が高まります。今回の事例では、参加者の「採れた野菜で〇〇を作ってみたい」という声から料理教室が企画されました。
- 地域の人や専門家の知恵を借りる: 活動に役立つ知識や経験を持っている地域住民は必ずいます。また、農協、社会福祉協議会、NPOなど、相談に乗ってくれたり、情報を提供してくれたりする機関もあります。一人で抱え込まず、外部の力を借りることを恐れないでください。
- 「交流」や「居心地の良さ」を一番の目的にする: メンタルサポートにつながる活動は、何かを「教えてもらう」場であると同時に、「安心して過ごせる」「誰かと話せる」場であることが重要です。成果よりも、参加者がその場にいることを楽しめるような雰囲気づくりに注力しましょう。
この畑での活動は、今後も参加者の声を聞きながら、育てたい野菜の種類を増やしたり、収穫物を使った加工品作りに挑戦したり、地域の他の団体が主催するイベントと連携して活動発表を行ったりすることを展望しています。
まとめ
専門的な知識がなくても、地域にある畑を活用した農作業という身近な活動でも、人々が集まり、交流し、心がリフレッシュできる場を作ることは可能です。特別なことを始める必要はありません。まずは身の回りにあるものに目を向け、「こんなことができたら、地域の人が少しでも元気になるかもしれない」という小さなアイデアから始めてみませんか。この記事が、地域での新しい活動の一歩を踏み出すための参考になれば幸いです。